大判例

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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6863号 判決

原告

都筑正照

ほか一名

被告

大阪朝日運送株式会社

主文

原告らの被告に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告らに対し各五五五万〇七三二円宛およびこれらに対する昭和四七年八月二〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

訴外都筑俊文は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四四年八月一三日午前一一時五〇分頃

(二)  発生地 三重県鈴鹿郡関町市之瀬地内国道上

(三)  加害車 大型貨物自動車(大阪一あ六六三七号)

運転者 訴外大門正之

(四)  被害車 自動二輪車(一練馬え九一―一〇号)

運転者 訴外俊文

(五)  態様 対向車間の衝突

(六)  被害者は右大腿挫滅創等の傷害を受け昭和四四年八月二二日午後六時一〇分死亡した。

二  (責任原因)

被告は、加害車の運行供用者であるから、自賠法三条により本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三  (損害)

(一)  治療関係費 二八万三二五四円

1 治療費 二六万五二五四円

2 雑費 四五〇〇円

3 付添費 一万三五〇〇円

(原告らは各半額負担)

(二)  逸失利益

1 亡俊文に生じた損害

俊文は本件事故当時、工業高校三年生(昭和二六年九月三〇日生)であつたから、俊文が本件事故により失なつた得べかりし利益は左のとおり六八一万八二一〇円である。

年収 五八万七〇〇〇円(昭和四六年度賃金センサスによる一八才から一九才の男子労働者平均)

稼働期間 四五年間

生活費 収入の半分

ホフマン係数 二三・二三〇七

五八万七〇〇〇円×〇・五×二三・二三〇七=六八一万八二一〇円

2 相続

原告らは俊文の両親であり、その他に相続人はいないから、相続により二分の一宛取得した。

(三)  慰藉料

俊文の死亡により原告らの受けた精神的苦痛を慰藉するには各一五〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用

被告が任意の弁済に応じないので、本件訴訟代理人に右債権の取立を委任した。弁護士費用は一〇〇万円を下ることはないから、本件事故による損害は一〇〇万円である(原告ら各半額負担)。

四  (結論)

よつて被告に対し、原告らは各五五五万〇七三二円とこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年八月二〇日以降支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告の主張

一  請求原因に対する認否

請求原因事実一と二は認める。同三のうち治療費、俊文の生年月日、原告らと俊文との身分関係は認めるが、その余は不知。

二  免責の抗弁

本件事故は、俊文運転の被害車が突然中心線を越えて加害車進行路上に進入したために発生したもので、俊文の過失に起因するものである。被告と大門には加害車の運行につき過失はなく、また加害車に構造上の欠陥、機能の障害もなかつた。

第五抗弁に対する認否

俊文が中心線を越えたとの主張は否認し、大門と被告に過失がなかつたとの主張は争い、その余は不知。本件事故は大門が中心線を越え、前方に注意しなかつたために発生したものである。

第六立証〔略〕

理由

一  請求原因事実一、二については当事者間に争いがない。

二  被告の免責の主張について判断する。

(一)  先ず〔証拠略〕によると本件事故現場付近の道路状況は別紙図面のとおりであり、中央部(センターライン)と両側(外側線)に白線の表示があること、道路幅員は八・五メートルで、外側線間の距離は七・五メートルであること、事故は大阪方面から進行して来て、先行する大型貨物自動車を追越そうとした被害車と名古屋方面から進行して来て加害車が接触し、被害車が転倒して発生したものであること、接触の部位は加害車の右前輪の上のフエンダー部分と被害車の右ハンドルであることが各認められる。

(二)  被告は、被害車が追越しのためにセンターラインを越え、それによつて右事故が発生したと主張し、〔証拠略〕によると加害車の運転手である大門正之と助手席に同乗していた宇都宮則雄は、実況見分に際して、「時速約五〇キロメートルで進行し、別紙図面(イ)点に差しかかつたところ、対向して進行して来た大型貨物自動車を追越すためにセンターラインを越えた被害車を発見したので、同(ロ)点で停止措置をとつたが、間に合わずに同(×)点で接触した。」旨の供述をしたことが認められる。

ところが〔証拠略〕によると被害車と追従して進行して来た金塚博司と中村行雄(進行の順序は金塚、中村。)は、実況見分に際して、「俊文が別紙図面(1)点で右の方向指示器を出して追越にかかつたら、先行する大型貨物自動車は道路左側に寄つた。俊文は先行車と併進し、ついで左の方向指示器を出した。その後は先行車の陰になつて見えなくなつた。その間被害車はセンターラインを越えていなかつた。」旨の供述をし、証言でも同趣旨のことを述べている(金塚は、追越終了直前まで見たとも述べている。)から、右供述よりすれば、被害車はセンターラインを越えなかつたことになり、従つて衝突地点も名古屋方面へ進行する車両の通行車線内であつたことになるので検討する。

〔証拠略〕によると本件道路は、外側線が設けられていて、外側線からセンターラインまでの距離(片側通行帯の幅員)が約三・七五メートルであることが認められるのに、前出乙第二、三号証(現場写真)より先行していた大型貸物自動車の残したものと認められるスリツプ痕の形状から、同車が特に道路端を進行していたとは考えられないから、同車の幅員(積載量は明確にできないが、二メートルを越えることは当裁判所に顕著な事実である。)を考慮に入れるセンターラインと同車との間に、二輪車とは云え、追越しに際しては先行車との接触を避けるために間隔をおく必要があるので、追越しに十分な間隔があつたとは認め難い。更に追越す場合には、対向車はないものと判断し、しかも加速して行う筈であるから、先行車との間にはかなりの間隔をおくのが通常の例と思われる。

とすると金塚、中村の供述するとおりの追越しはいかにも不自然であり、また同人らの供述(第二回実況見分の際―昭和四五年三月一二日―に行なつた。)は事故発生日から約七ケ月も経過した後になされたもので、事故時の記憶がそのまゝ残されていたかについても問題がある。

他方、事故発生地点の名古屋寄りで、道路はカーブをなしているから、加害車がセンターライン寄りに進行していたことはあり得るが、被害車のすぐ後から、それに近接して大型貨物自動車が対向していたのであるから、特別の場合を除いて加害車がセンターラインを越えて進行することは考え難く、大門らの供述には、それ自体特に疑問とすべき点は認められない。

とすると大門らの供述により、追越しのためにセンターラインを越えた被害車と、自己進行車線内を進んで来た加害車が別紙図面(×)点で接触したとの事実を認めることができ、被告ら提出の反証(金塚と中村の供述)は右認定を左右するに足りない。

なお〔証拠略〕には目撃者矢倉五男の供述が記載されているが、その内容は供述毎に変つていていずれとも採用し難く前記認定を左右するものではなく、他にも前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  しかし被害車がセンターラインを越えたことから、直ちに加害車の運転手である大門に過失がないとするわけにはいかない。

そこで被害車がセンターラインを越えた地点と大門が被害車を発見した地点について検討する。

〔証拠略〕によると大門が被害車を発見したのは別紙図面(イ)点、制動措置をとつたのが同(ロ)点であること(イ)点と(ロ)点の間が七・八メートル、(ロ)点と接触地点の間が九・五メートルであることおよび接触地点から七・七メートル進行したところで加害車は停止したことが各認られ他にこれを左右するに足りる証拠はない。

被害車がセンターラインを越えた地点については、〔証拠略〕によると、大門は、接触地点から約一二ないし一五メートル離れたところであると供述し、宇都宮も同趣旨の供述をしたことが認められる。しかし、また右各証拠によると、俊文は接触地点から約八・八メートル離れた地点に転倒し、俊文が追越そうとした大型貨物自動車はその手前で停止したことが認められるから、俊文は追越しをほぼ終了して自車線に戻ろうとしたところで接触したものと推測でき、右貨物車の速度〔証拠略〕によると時速約四〇キロメートルで、道路状況よりみて、その程度の速度は出ていたものと思う。)を考えると、右大門らの供述どおりの地点よりも前でセンターラインを越えたとみるべきであり、距離に関する大門らの供述は採用できない。

結局被害者がセンターラインを越えた地点を明らかにできる証拠はないが、右事情に〔証拠略〕により俊文は別紙図面(1)点で方向指示器を出したことが認められることを併せ考えると、大門が被害車を発見する前、被害車は既にセンターラインを越えていたものと認めるのが相当である。

そして右事実に基いて考えると、事故現場付近の道路状況および斯る状況の下においては、名古屋方面から進行してくる車両にとつて、追越中の二輪車が被追越車に隠れて発見が遅れること、カーブを曲り終えたところで、対向車がセンターラインを越えて進行して来ることは通常予期し難いことである等の事情に鑑みると、時速五〇キロメートルで進行して来た大門が別紙図面(イ)点において、センターラインを越えた被害車を発見したことをもつて、同人に過失があるとは云えない。

また大門は発見してから回避措置をとるまでに七・八メートル進行している(時間にして〇・五六秒)が、右は反応時間として当然要求されるものであり、その他にも大門に過失として責むべき点は見当らない。

(四)  とすると本件事故は、俊文が前方を十分注意することなく、センターラインを越えて追越しを行つた過失に基くものであり、加害車の運転者である大門に過失のないことは前述のとおりである。そして前記事故の態様と弁論の全趣旨から、被告が加害車の運行について注意を怠らなかつたこと、加害車に構造上の欠陥、機能の障害がなかつたことが認められるから、被告の免責の主張は、理由がある。

三  よつて原告らの請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がないから、失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新城雅夫)

別紙図面

〈省略〉

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